日本海のイカだったぼくは、ある日、干されてスルメになった。こうなってしまったからには、こうなってしまった人生を楽しもうと思った。
 干物になったら、干物の店で、干物の友だちができた。彼女は、瀬戸内海のヒラメだったけれど、干されて「でべら」という高級な干物になった。この港町の名産品で、ぱっちりとした目と、歌が上手そうな口が印象的だ。
 ぼくたちのおしゃべりのほとんどは、お互いの故郷の海のことだったけれど、ぼくの心はいつも、海水に満たされているようだった。
 ぼくはおもいきって、彼女をデートに誘った。
「もう夏だね。海を見にいかない?」
「行きたい行きたい! 干物になってから、一度も行っとらんし。」
 彼女は、ぱっちりとした目を、もっと見開いて喜んだ。彼女が生まれ育った瀬戸内海、ぼくたちの最初のデートの場所は、穏やかな海に決まった。

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